ツトム・ヤマシタのGOプロジェクト
スティーヴ・ウィンウッドは1975年の後半から翌年にかけて、日本人パーカッショニストで作曲家のツトム・ヤマシタを中心とするプロジェクトGOに携わった。GOはストーリー性のある音楽コンセプトによる3部作を想定していたが、シリーズ第3部は制作されずに終わった。スティーヴは76年2月に録音されたスタジオ盤と、6月のパレ・デ・スポールのステージを収録したライヴ盤の2枚に参加している。シリーズでいうと第1部にのみ携わっており、77年発表のシリーズ第2部 Go Too には関与していない。スタジオ盤は76年6月にリリースされたが、ライヴ盤は2年後の78年4月リリースで、翌月に Crossing The Line と Winner/Loser のカップリングによる12インチシングルがカットされた。アルバムのクォリティは両盤ともに非常に高く、スティーヴのキャリアにおいてもとりわけ重要なプロジェクトといえる。メンバーにサンタナのドラマーを経てソロとして活動していたマイケル・シュリーヴが加わっており、スタジオ盤のジャケットには彼とヤマシタとスティーヴの3人の名前が記されている。このほかドイツ人作曲家でシンセサイザーの権威クラウス・シュルツェ、リターン・トゥ・フォーエヴァーのギタリストだったアル・ディメオラ、トラフィックのベーシストだったロスコ・ジーらも参加している。プロデューサーにはヤマシタに加え、デニス・マッケイとポール・バックマスターがクレジットされている。またバックマスターはストリングスとホーン・アレンジメントも担当、ヤマシタの妻ヒサコもヴァイオリンを弾いている。ライヴ盤のメンバーはベースがジェローム・リムソンに替わり、ギターにパット・スローが加わっている。なお初ライヴ・パフォーマンスであるロンドン公演においては、ロスコ・ジーがベース、レミ・カバカがパーカッションを担当したほか、ロキシー・ミュージックからギタリストのフィル・マンザネラが出演していた。
ツトム・ヤマシタは映画音楽作曲家としてスタートし、クラシックや現代音楽の分野においても幅広い活動を行って来たが、ロックの分野において才能を見事に結実させた作品がこのGOシリーズである。初盤のライナーノーツを書いたロビン・デンズロウは、GOのコンセプトを「変遷と帰一性、幻想と現実、死と再生」と定義しているが、ヤマシタはこれを表現するサウンドを自ら作曲し、マイケル・クォータメインの詩によってストーリー性を加えている。さらに無限の音世界を構築するかのように、スタジオ盤はB面からストーリーが始まりA面の終曲で幕となる珍しい構成をとっている。ヤマシタは自らのアイデアをメンバーに伝えるために、まず最初にNASAの宇宙フィルムを全員に見せたという。その結果、広大な宇宙をイメージさせる幻想的かつ幽玄的な音楽を創り出すことに成功している。全体的にはロック・クラシカルともいえる優雅なサウンドだが、その中にハードロック風の Ghost Machine やソウルっぽい Man Of Leo、実験音楽的な Space Thema や Space Song、映画音楽風の Carnival などが見事に溶け込んでおり、ロックの枠には収まり切らない独特の音世界を創造している。スティーヴの演奏パートはオルガンとピアノで、自作曲の Winner/Loser ではストリング・シンセサイザーとギターをプレイしている。収録曲の多くはインストルメンタルだが、Crossing The Line などの歌入りの曲では秀逸なヴォーカルも披露している。音として記録されたアルバムの出来は素晴らしいが、視覚的な要素が加味されたライヴパフォーマンスこそ、その理想を極限まで追求しているといえるだろう。実際にパリのステージではレーザービームやスモークマシーンなどで舞台演出がなされており、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホール公演においては、さらにポール・バックマスター指揮による30人編成のオーケストラやダンサーも登場し、両ステージともに幻想的な音楽と視覚的効果により観客を陶酔状態に至らせたという。
タイトルの謎とジャケット・デザイン
GOシリーズ3枚のアルバム・タイトルとアーティスト名義は、故意はどうかは不明ながら実に一貫性がない。1枚目のスタジオ盤のタイトルはシンプルに Go だが、アーティスト名義としてはツトム・ヤマシタ、スティーヴ・ウィンウッド、マイケル・シュリーヴの3人の名前が列記されており、Stomu Yamashta’s Go という表記はどこにもない。2枚目のライヴ盤で初めて Stomu Yamashta’s Go と、ゲイトフォールド・ジャケットの内面に記載されたが、ジャケット表面にはタイトルもアーティスト名もなく、裏面に Go... とあるのみ。そのため日本盤のジャケットには、タイトルなどを記載したビニル素材のアウターが被せられた。ただしレーベル面にはタイトルとして Go-Live From Paris とあり、アーティスト名義はヤマシタ、ウィンウッド、シュリーヴの3人に、クラウス・シュルツェとアル・ディメオラの名前が加えられている。3枚目はアーティスト名義の Stomu Yamashta とタイトルの Go Too が、ジャケット表面とレーベル面に記載されており、加えてジャケット両面に参加メンバー全員の名前が列記されている。
GOシリーズのスタジオ盤のジャケット・デザインは、映画のタイトル・デザインなどで有名なソール・バスが担当、独特のフォントのデザインはインパクトがある。ライヴ盤のデザインはトラフィックでお馴染みのトニー・ライトと、ツトム・ヤマシタによるコンセプト。ジタンのシガーケースに紙幣とハエをあしらった意匠は秀逸で、ダブルジャケットの見開き内面も凝っていて素晴らしい。なお本作のCD化は遅れていたが、2004年には正規盤がユニヴァーサル傘下のネット通販専門レーベルから2500枚の限定生産でリリース、スタジオとライヴ盤をセットにしたデジパック仕様の2枚組でデジタルリマスターが施された。また翌年には Go Too を含めた3枚が国内盤紙ジャケット仕様にて限定販売され、さらにオーストラリアのレーベルからも、全3作を2枚のCDに収めた The Go Sessions がリリースされた。紙ジャケはオリジナルのデザインをほぼ踏襲しているが、海外盤は雰囲気を似せてリデザインしている。
ツトム・ヤマシタ
パーカッショニストで作曲家のツトム・ヤマシタ(山下勉)は京都市にて誕生。幼少の頃から音楽的才能を発揮し17歳で渡米、クラシックやジャズなどを学びながら打楽器奏者としても活躍し、米タイム紙に「打楽器のイメージを変えた人」と評された。その後シカゴ交響楽団やベルリンフィルなどの著名なオーケストラとの共演、武満徹とのコラボレイションによる打楽器のための作品の創作などにより、若くして巨匠の地位を築き上げた。1972年には演劇と音楽を融合した芸術団体レッド・ブッダ・シアターを組織して、舞台音楽作品 The Man From The East を発表。またデヴィッド・ボウイ主演映画 The Man Who Fell To Earth のサントラをはじめ、映画音楽の作曲も数多く手掛けている。そんなヤマシタの才能がロックと見事に結実したのが、76年にスティーヴ・ウィンウッド、マイケル・シュリーヴ、クラウス・シュルツェらと組んだユニット。彼らと共にGOというコンセプトのもとロック・クラシカル風の名作3枚をリリースしている。80年代以降は佐藤純弥監督映画「空海」のサントラ盤や、GOで共演したポール・バックマスターがアレンジを担当した秀作アルバム Sea And Sky、石の楽器サヌカイトによる音楽や仏教音楽の探究、音禅法要(On Zen)など、現在でも精力的かつ幅広い音楽活動を続けている。