アルバム概要
還暦を迎える年にリリースされたスティーヴ・ウィンウッド5年ぶりのソロアルバムは、40年を超える音楽キャリアを総括する傑作となった。タイトルは9作目にして9曲入りであること、それぞれの曲に生命=ライフが宿っていることに由来したネーミングで、ジャケットにはスティーヴが9歳の頃の写真がコラージュされている(リイシュー盤では省略)。「小説にたとえるなら長編というより9つの独立したテーマによる短編集のようなもの」とスティーヴ自身が解説するように、いわゆるコンセプトアルバムとは対照的な内容に仕上がっている。収録曲はツアー中のジャムセッションなどから生まれた曲が大半らしいが、それをアルバム用に発展させる課程において前作以上のこだわりが感じられ、各曲のクオリティは非常に高い。そして「バンドサウンドをアルバムに反映したかった」という基本的な狙いは、前作と同手法によるスタジオ・ライヴレコーディングというスタイルで見事に実現させている。ただし前作の魅力のひとつでもあった、一発録りによる荒削りでスリリングなワイルドさは本作においては抑え気味で、その代わりに多様な音楽要素を巧みにブレンドした、緻密でこだわりのあるサウンドを構築している。スティーヴはハモンドオルガンをメインで演奏しており、フットペダルにてベースパートも弾くというスタイルをさらに確固たるものにした。またアコースティックギターやエレキギターを数曲にてプレイするなど、再びマルチプレイヤーぶりを発揮している点も見逃せない。
バンドのメンバーは、ギタリスト兼作曲パートナーとして片腕的な存在になっているジョゼ・ネト、パーカッションにカール・ヴァンダン・ボッシュ、ドラムズには前作でティンバレズを担当していたリチャード・ベイリーという馴染みの面子に加え、オルガンもサポートする英国出身の若き吹奏楽器奏者ポール・ブースというラインナップ。またゲストとして先頃から親交を深めているエリック・クラプトンと、ツアーで共演した経緯のあるティム・キャンズフィールドが参加し、それぞれ1曲ずつでギターを弾いている。曲作りにおいては6曲をジョゼ・ネトと共作、歌詞は元メトロのピーター・ゴドウィンが全曲にクレジットされている。スティーヴの喩えを引用すると「意外な食材をミックスして未知の味を生み出すシェフ」のように、多様な音楽要素を融合してサウンドに深み出そうと試みたようで、その成果はごく自然な形でアルバムの随所に示されている。レコーディングはスティーヴ所有のウィンクラフト・スタジオにて行われ、エンジニアリングはジェイムズ・タウラーが担当、プロデュースはスティーヴ自身による。
【参考】ジョゼ・ネトが2017年にリリースしたソロアルバム Other Shore には、本作でスティーヴ・ウィンウッドと共作した4曲を自身のバンドとプレイしたインスト・ヴァージョンが収録されている。
収録曲について
オープニングの I’m Not Drowning は、久々にスティーヴ単独による多重録音で完成させた曲で、アコースティックギターで聴かせるフォークブルーズ調のナンバー。メイキング映像で「ブルーズはスペンサー・デイヴィス・グループ時代によく聴いていた」と回想しているように、自身の音楽ルーツへの回帰という印象が強い。歌詞を提供したピーター・ゴドウィンによると、「ロバート・ジョンソンが生きていて、チェルシーあたりで演奏したらこんな感じだろう」とイメージして書いたという。Fly は本作中でもとりわけ美しいメロディをもつミディアムチューンで、スティーヴは「ブラジルと南アフリカとケルトの音楽をミックスすることに成功したんだ」と解説している。ギターやパーカッション、吹奏楽器の奏でるフレイズの随所に異国風の要素が散りばめられているが、それらを違和感なく解け合わせて自然に聴かせてしまうところは、抜群の音楽センスと優れたバランス感覚がなせるワザ。Raging Sea はジョゼ・ネトのギターが刻む7/4拍子のリズムが特徴的な、ブラジル音楽の要素を巧みに取り入れた野心的なナンバー。ラテンな陽気さとジャムセッションっぽいスリリングさを併せ持った曲調が魅力で、「ある人がこの曲をブラジル風ヒップホップと表現したよ」とスティーヴはインタヴューで語っている。
フォーカストラックとしてアルバムに先駆けてリリースされた Dirty City は、本作で最もストレートなロックナンバー。終盤でエリック・クラプトンがギターソロを披露しているのも話題性として大きいが、それ以上にスティーヴが全編でギターを弾きまくっているほうが聴きどころ。殺伐とした都会生活をリアルに描いた歌詞に、パワフルかつシンプルな曲調がよく似合っている。We’re All Looking はファンキーなハモンドとパワフルなヴォーカルがリードするオルガンロックで、スティーヴのアコースティックギター・ソロもフィーチュアしている。ジョゼ・ネトが不参加のためか、本作の中では最もウィンウッド色が濃厚だ。Hungry Man はジョゼ・ネトが南アフリカでアイアート・モレイラらと共演した後、スティーヴらに現地の演奏技術を披露したところから誕生した曲。メイキング映像で「曲のアイデアをジョゼからいただいたが、本人は全く覚えてないらしいよ」と、スティーヴが愉快そうに語っているのが印象的。枯渇した大地に生きる人を描いた歌詞と、ジョゼ・ネトのギターの奏でる独特のリズムがアフリカンなムードを演出、スティーヴのオルガンの響きもどこかエキゾチックで聴き応えのある力作だ。またこの曲にはビージーズとの共演歴もあるセッション・ギタリスト、ティム・キャンズフィールドが参加している。
Secrets はハモンドオルガンを中心に、カリビアンっぽいリズムを奏でるギターとパーカッション、それにポール・ブースのトラフィック風ともいえるフルートが絡み合いスピーディに展開していく。ジャムセッションから誕生したと思わせるノリの良い曲でライヴにおいて本領を発揮しそうだ。At Times We Do Forget はジョゼ・ネトの南国ラテンフレイヴァーに溢れた陽気なギターに、スティーヴのハモンドオルガンが心地よくマッチしている。バンドの面々が生き生きと演奏している様子が伝わってくるような幸福感に満ちた一曲。Other Shore は英国的な気品に溢れる旋律と、追悼の歌ともいえる味わい深い詩が印象的で、スティーヴは「メロディと歌詞を合わせた時に独特の魅力を放ったんだ」と回想している。メンバー全員の思い入れが強かったというのにも頷けるほど、この曲にはぐっと惹きつけられる魅力がある。心に響くエモーショナルなヴォーカルでじっくりと聴かせるスローテンポな序盤から、優雅なメロディを奏でるサックスを交え、バンドが渾然一体となって次第に盛り上がりをみせる終盤への流れが素晴らしい。アルバムのラストを飾るにふさわしい名曲名演といえる。
アナログ盤、初回限定盤、再発盤
本作はCDに先行してアナログ盤でもリリースされた。収録時間の関係により2枚組となっており、Aサイドに3曲、あとは各サイドに2曲ずつ収録されているほか、オフィシャルホームページより全曲のMP3データをダウンロードできるコードキーが同封されていた。ジャケットデザインはCDとほぼ同じだがブックレットは付属しておらず、歌詞とクレジットは見開きジャケットの内面に印刷されている。また通常CD盤のほかにメイキング映像を収録したボーナスDVD付属の初回限定CDもリリースされている。こちらはフロントデザインが赤を基調とした色違いで三面開きの紙ジャケットサイズとなっており、DVDはアルバムの制作過程や自身の音楽観のほかに、スタジオと隣接する自宅周辺の風景や生活スタイルなど、プライベートな映像も垣間見ることができる貴重な記録となっている。ミュージシャンらしからぬワゴン車に乗るスティーヴの飾らない姿が微笑ましい。なお本作はメジャーレーベルのコロンビアからリリースされているが、2021年には About Time と同じスティーヴのウィンクラフト・レーベルから、ペーパースリーヴ仕様でリイシュー(WM005)された。