アルバム概要
トラフィックはスペンサー・デイヴィス・グループを脱退したスティーヴ・ウィンウッドが、ジム・カパルディ、クリス・ウッド、デイヴ・メイスンらと共に1967年4月に結成したバンド。ジムとデイヴは共にウスターシャ出身の音楽仲間で、63年から地元バンドのザ・ヘリオンズで活動していた。またヘリオンズ解散後の66年に、ジムが結成したディープ・フィーリングにはクリスがセッションで参加したりと、相互に共演経験があったようだ。スティーヴとの初めての出会いは諸説あるが、64年にスペンサー・デイヴィス・グループとヘリオンズが共にハンブルク巡業中にスタークラブに出演していた際、滞在先のホテルが一緒だったという。その後バーミンガムのナイトクラブ・エルボールームで、頻繁にジャムセッションを行う仲になり、66年末にはスペンサー・デイヴィス・グループのレコーディングに3人が参加するなど交流が深まり、翌年の4月にスティーヴがグループを脱退すると同時に、新しいバンド仲間として行動を共にすることになった。4人はイングランド南東部のバークシャ郊外アストン・ティロールドにある、アイランド・レコードの関係者が所有するコテージで共同生活をスタートした。都会の喧噪を離れた郊外で気ままなカントリーライフを楽しみながら、新しいバンドの音を模索しつつセッションを重ねたが、このようなスタイルで音楽作りを試みたのはトラフィックが初といわれている。そして曲ができるとロンドンのオリンピック・スタジオに赴き、ジミー・ミラーのプロデュース、エディ・クレイマーのエンジニアリングによりレコーディングが行われた。また当時コテージにはエリック・クラプトンやピート・タウンゼント、ジョン・ボーナム、スティーヴン・スティルズ、ジンジャー・ベイカーらが訪れては、トラフィックの面々とジャムセッションを楽しんでいたようだ。
そんな環境の中で67年12月に誕生したこのファーストアルバムは、サウンドもアルバムのアートワークもファンタジックな雰囲気に包まれており、当時のサイケデリック・ムーヴメントの影響を強く受けた作品に仕上がった。しかし本作は時代の流行に便乗しただけの、単なるサイケロック調のアルバムというわけではない。R&Bやブルーズ、ジャズ、フォーク、エスニック、クラシックなど、あらゆる音楽ジャンルを意識的にブレンドしようと試みたバンドらしく、各曲は多様な音楽要素をミックスしたサウンドに彩られている。この方向性の先達にはディープ・フィーリングが目指した音楽があった。スティーヴはスペンサー・デイヴィス・グループのシンプルなバンドサウンドから、ジムたちが試みていた時代に敏感な新しい音楽のほうに強い興味を抱き、トラフィックのメンバーと共にこれを実現しようとした。その最初の一打が67年5月に発表したデビューシングル Paper Sun であり、さらに本作にて大きな成果を生み出すことに成功した。アルバムがリリースされた直後、デイヴは音楽的方向性の違いからトラフィックを脱退しソロ活動に転向。そのためスティーヴ、ジム、クリスの3人は翌年の春、トリオ編成にて英米ツアーを開始し好評のうちに迎えられた。
アメリカでは英国から遅れて翌68年1月にファーストアルバムがリリースされたが、ジャケットデザインと収録曲が英国オリジナルと大きく異なっている。すでにデイヴが脱退していたため、ジャケットは彼を除く3人のポートレイトに変更された。収録曲についてもデイヴ作の2曲 Utterly Simple と Hope I Never Find Me There が外され、リリース済みのシングル Paper Sun と Hole In My Shoe に差し替えられ、曲順もかなり入れ替えられている。また1曲目 Paper Sun の後半45秒をカットし、We’re A Fade, You Missed This のタイトルでアルバムの最後でリプリーズさせ、さらに67年11月に発売されたサントラ盤 Here We Go Round The Mulberry Bush からピックアップした音楽の断片にて、各曲間の空白が小音量で埋められた。これらはアルバムのトータル性を演出するのが目的だと思われるが、アメリカにおけるトラフィックの発売元ユナイテッド・アーティスツによる、強引かつナンセンスな試みだったと言わざるを得ない。アルバムタイトルも初版は Heaven Is In Your Mind で発売されたが、まもなく英国と同じ Mr. Fantasy に統一された。なお英米盤ともにモノラルとステレオの両ミックスでリリースされ、曲によってはミックス違いが存在している。
収録曲について
サイケデリック調のロック Heaven Is In Your Mind はクリスによるサックスで幕を開ける。スティーヴのヴォーカルとピアノにジムのポコポコとした軽快なドラムズが心地よく、終盤にはデイヴのギターが加わる。ベースはスティーヴが弾いている。トラフィックという新バンドの音を印象付けるに相応しいオープニング。Berkshire Poppies はヴォードヴィルスタイルのワルツで、お遊びっぽいムードのご機嫌なナンバー。タイトルはコテージの周りにケシ=ポピーが群生していたことに由来、録音にはスモール・フェイシズのメンバーがコーラスで参加している。ネジ巻き音で始まる House For Everyone はデイヴによる単独作でリードヴォーカルも担当、タイトル通りメンバーが共同生活をしていたコテージについて歌われている。No Face No Name No Number はクラシカルなムードが魅力の秀逸なバラード。スティーヴのキーボードとオルガン、バロック風の印象的なアコースティック・ギター、それにクリスのフルートが幻想的な世界を演出する。デイヴは録音に参加していない。
タイトル曲 Dear Mr. Fantasy の誕生にはこの曲に相応しいファンタジックなエピソードがある。コテージでのある夜、ジムは紙切れに尖り帽子をかぶったギター弾きの操り人形の絵を描き、その横に「ファンタジーさん、僕たちがハッピーになるような楽しい音楽を奏でてください:Dear Mr. Fantasy play us a tune, something to make us all happy... 」と手紙風のメッセージを添えてそのまま寝入ってしまった。目を覚ました時にはスティーヴとクリスがこのメッセージに素敵なメロディを付けていたというのだ。なお「ファンタジー」はローディが飼っていた白いシェパードの名前に由来しているという。スティーヴはヴォーカルにギターとハーモニカをプレイ、デイヴのベースにジムのドラムズ、そしてクリスはオルガンを弾いている。またエンディングのマラカスは、プロデューサーのジミー・ミラーが飛び入り参加で加えたもの。現在でも歌い継がれている不朽の名作と呼ぶにふさわしいトラフィックの代表曲である。
Dealer はラテンっぽい雰囲気の曲で主にジムによって作られヴォーカルもリードする。アイランド・レコードのボス、クリス・ブラックウェルの商業主義に対する皮肉った歌詞がおもしろい。インド風ロックの Utterly Simple は、デイヴのヴォーカルによる単独作で、シタールやタンブーラなどのインド楽器もデイヴが全て演奏している。Coloured Rain はデイヴ以外の3人のペンによる曲で、スペンサー・デイヴィス・グループ時代を思わせる黒っぽいヴォーカルとオルガンを堪能できる初期トラフィックの名曲。デイヴのベースにジムのドラムズ、クリスはフルートを吹いている。幻想的な Hope I Never Find Me There はデイヴのヴォーカルによる単独作。デイヴは主にスタンドプレイにて作曲・演奏をしていたが、それはメンバー間の確執を生み出す要因にもなったようだ。ラストの Giving To You はメンバー共作によるインストルメンタルで、それぞれの楽器演奏に焦点を当てながらスリリングに展開される。You know where I’m at, but I mean jazz というエンディングのセリフは、ジミー・ミラーによるもの。
Thanks to Mr.Shige’s weblog for the knowledge of “Mr. Fantasy” recording.
ミックス違いについて
アルバム Mr. Fantasy は先述の通り英米で異なる編集でリリースされ、それぞれモノラルとステレオにミックス違いがあるため、合計4つのエディションが存在している。これらの音源は1999年と2000年に登場した Heaven Is In Your Mind を含む3枚のリマスターCDで全て聴くことができる。英国盤リマスターCDには英ステレオ・ミックスと米モノラル・ミックスの両方を収録、米国盤リマスターCDには英モノラル・ミックスを収録、そしてリマスターCD Heavan Is In Your Mind に米ステレオ・ミックスを収録している。また米国盤リマスターCDに収録のシングル5曲も貴重なモノラル・ミックスとなっている。モノラルとステレオでは Heavan Is In Your Mind の後半のギターや、Giving To You のイントロが大きく異なるなど、ミックス違いがいくつか存在する。特に計5曲収録されている Giving To You には3つのヴァージョンが存在し、聴き比べると面白い。英米の両ステレオ・ミックスは、listen baby ~ で始まるヴァージョンで末尾にセリフ付き。米モノラル・ミックスとモノラル・シングル・ミックスは、スティーヴによる Movin’ and groovin’ through ~ で始まるヴァージョンでフェイドアウト。そして英モノラル・ミックスだけは、baby, if you see this town ~ で始まり末尾にセリフ付きとなっている。なお2003年に登場した国内盤紙ジャケCDの収録内容は、米国盤リマスターCDに準じている。
ボーナストラック
米国盤リマスターCDに追加収録された Paper Sun は、記念すべきトラフィックのデビューシングル。ウィンウッド=カパルディ作品として初めて世に出た曲で、スペンサー・デイヴィス・グループ脱退直後の1967年5月にリリースされた。当時スティーヴ・ウィンウッドが関わっているという情報はあったが、バンドの詳細は一切明かされずに発表に至りながら、UKチャートの第5位に達するヒットを記録した。スティーヴはヴォーカル、オルガン、ピアノ、ベースをプレイ、ジム・カパルディのドラムズとパーカッションに、クリス・ウッドのサックスとフルート、それにデイヴ・メイスンのシタールが加えられて、サイケデリックに彩色されたこの曲は、まさに時代を象徴する作風になっている。才腕ジミー・ミラーによるトラフィック初プロデュース作品となった。
セカンドシングルの Hole In My Shoe はデイヴ・メイスンのトラフィック処女作で、シタールを大々的にフィーチュアしたサイケ風のラーガロック。ファーストを上回るチャート第2位の大ヒットを記録したが、そのコマーシャルな曲調は他のメンバーがバンドに求める音楽性とは異なっていたという。最近のインタビューでデイヴは「かわいい曲だが自分の書く曲は好きになれなかった」と回想している。Smiling Phases はこれにカップリングされていた曲で、スティーヴの力強いヴォーカルが魅力の爽快なロックナンバー。オルガンはスティーヴ、ギターはデイヴが弾いている。Here We Go Round The Mulberry Bush は4人共作によるトラフィック3枚目のシングルで、リードヴォーカルをスティーヴが歌いフルートを効果的に使った牧歌的な曲。68年公開の映画「茂みの中の欲望」のために書かれた曲で、そのサントラ盤にも収録された。Am I What I Was Or Am I What I Am も同サントラ盤に収録されていた小品で、スティーヴがリードヴォーカルを歌っている。リマスターCDでは Heavan Is In Your Mind に収録されている。
【参考】リマスターCD Heavan Is In Your Mind に収録のサントラ盤からの曲 Am I What I Was Or Am I What I Am は、タイトル表記に誤りがある。正しくは Am I What I Was Or Was I What I Am と思われる。