アルバム概要
ワールド・ツアーを終えた1973年5月、マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオのメンバーはアメリカに帰国した。トラフィックは11月にジャマイカ出身のベーシストで、元ゴンザレズのロスコ・ジーを迎え入れ、74年初旬から英国やドイツを巡る欧州ツアーに出発した。アルバム制作はツアー途中の6~7月にかけて、クリス・ブラックウェルとトラフィックのプロデュースにより行われた。メンバーはスティーヴ・ウィンウッド、ジム・カパルディ、クリス・ウッド、ロスコ・ジーの4名。リーバップ・クワク・バーはツアー初期は参加していたが、ステージでの度重なる奇行や傷害事件での逮捕により、トラフィックから除名されてしまった。そのためアルバムにおいてもパーカッションを2曲にオーバーダブしているが、クレジットに名前はない。レコーディングは、ブライアン・ハンフリーズとジョン・クラークのエンジニアリングにより、ロンドンのアイランド・スタジオと、移動式録音システムのアイランド・モバイル、それにグロスターシャにあるスティーヴのホームスタジオにて8トラックレコーダにより行われた。トラフィックは8月の英国レディング・フェスティヴァルを最後に欧州ツアーを終え、アルバムがリリースされた9月に渡米した。10月29日のシカゴ公演の後、突然スティーヴが帰国してしまい米国ツアーは途中で頓挫、この後に予定されていた南米ツアーや来日公演の計画もキャンセルとなった。トラフィックは同年末に解散を発表、その理由は明らかにされていないが、パフォーマンスにも影響が出ていたクリスのアルコール依存の問題や、スティーヴの情緒不安などが原因と噂された。
本作は閑寂とした雰囲気に包まれどことなく哀愁を感じさせると共に、トラフィックの新たな方向性を示唆する響きも随所に聴き取れる。久々に小編成となりジムがドラムズに戻ったことから、後期トラフィックのバンド主体のサウンドというより、初期の頃の作風に原点回帰したような繊細な音作りが行われたようだ。それにスティーヴの主導権が大きく現れている印象も強く、この後のソロ作品にも通じる要素が見え始めている。そのひとつにシンセサイザーを導入した曲作りが挙げられる。スティーヴのソロ作における電子音響楽器の使い方は、非常にジェントルかつヒューマンでメカニカルな匂いを感じさせないが、この作品でも同様の傾向がすでに現れていて、新たな効果を曲中に取り入れることに成功している。コンパクトにまとまった各曲のクオリティは高く、無国籍風ではあるが根底には気品のある英国の香りを漂わせており、全編でスティーヴの澄みきったソウルフルなヴォーカルを堪能できる。トラフィックの白鳥の歌と呼ぶにふさわしい高い完成度を誇るアルバムである。
収録曲について
軽やかなピアノが小気味好い Something New は久々にコンパクトにまとまった作品。ロスコ・ジーを加えた新メンバーによる演奏は、明るさと上品さを兼ね揃えていて、スティーヴのヴォーカルも伸びやか。Dream Gerrard は本作において最も注目すべき長編ロマーンバラード。11分強という長さはトラフィックとしては珍しくはないが、これまでの諸作品とは趣の異なる新たな試みを感じさせる力作だ。作詞はスティーヴがその才能を高く評価する、元ボンゾ・ドッグ・バンドのヴィヴィアン・スタンシャル。これ以降のソロ活動において何度か彼とソングライティングを共にしており、この曲は二人による最初の成果といえる。シンコペートした独特のリズムを伴うサックスやメロトロンの幻想的な音の流れに、スティーヴのソウルフルなヴォーカルが重なる。スタンシャルによると妄想に取り憑かれて自殺したフランスの詩人、ジェラール・ド・ネルヴァルに捧げたという。シンセサイザーを効果的に使った Graveyard People はマイナー調の不気味な雰囲気を漂わせた曲で、トラフィックの新境地を感じさせる。リーバップのパーカッションを追加。
Walking In The Wind は英国にて久々にシングルカットされたナンバー。風の音のフェイドインで始まるが、効果音を入れるという試みはファーストアルバム以来のこと。ピアノとシンセサイザーをメインとしたメロディアスな曲で、トラフィック再結成で久々にレパートリーに加えられた。Memories Of A Rock ‘n’ Rolla は、ライヴ音源で収録予定だったクリスの曲 Moonchild Vulcan に代えてアルバムに収められた曲。自伝的な歌詞も興味深く「60エーカーの土地と邸宅」というフレイズは、スティーヴが1970年に購入したグロスターシャの土地と家を想起させる。ちなみにこのアルバムの多くの曲は、同地にあるスティーヴ所有の土地に設立したニザータークドニック・スタジオにて録音されている。クリスのフルートとスティーヴのオルガンによる Love は、直近のライヴ音源からピックアップした可愛らしい小品。ラストのタイトル曲 When The Eagle Flies は、ピアノをベースにした英国的な上品さを感じさせる優雅な曲で、リーバップのパーカッションを追加。表題曲としてはやや地味だが、スティーヴのソウルフルなハイトーンヴォーカルが冴え渡る佳曲。
【参考】輸入盤リマスターCDのジャケット内の記載に誤りがある。Dream Gerrard 作曲者クレジットが、ウィンウッド=カパルディになっているが、正しくはウィンウッド=スタンシャルである。
参加メンバー
ロスコ・ジーはジャマイカ出身のベーシスト。1971年に英国で結成されたジャズファンク系のバンド、ゴンザレズでの活動を経てトラフィックに加入、ラストアルバムの本作と94年の再結成ツアーにも参加している。74年のトラフィック解散後はツトム・ヤマシタのGOやジム・カパルディのソロアルバムに参加、77年にはリーバップと共にドイツのバンドCANに加入し、79年の解散まで Saw Delight、Out Of Reach、Can の3枚のレコーディングに携わり、ツアーにも同行している。また83年にはポール・デルフィ、ブリスン・グレアム、リーバップらとジャズフュージョンバンドのゼハラを結成し、アルバム Flight Of The Spirit をリリースした。