アルバム概要
自宅スタジオでの単独作業というスタイルから一転、スティーヴ・ウィンウッドは新しいアルバムの制作をスタートすべく、1985年の初夏ニューヨークに渡った。共同プロデューサーに、ジョージ・ハリスンやクリスティン・マクヴィのアルバム参加時に共演したラス・タイトルマンを起用し、ゲストにジョー・ウォルシュ、シャカ・カーン、ナイル・ロジャーズ、ジェイムズ・テイラー、ジェイムズ・イングラム、ダン・ハートマンらを招いている。また前2作でレコーディングやミックスなど自ら手掛けてきた技術的な部分は、トム・ロード・アルジほか有能なエンジニアに任せ、スティーヴは曲作りや演奏、それにシーケンサーやドラムマシンのプログラミングなどに注力している。収録曲は持ち味であるR&Bをベースにしつつも、ポップセンス溢れる都会的に洗練されたサウンドで統一し、歌詞は8曲中5曲をウィル・ジェニングスが書き下ろしている。そしてこれまでになくセールスを意識したプロモーションを受け入れ、ジャケットには女性モデルとのスタイリッシュなショットを掲載し、凝った内容のシングル用PVも制作している。
その結果、セールス面においては期待を大幅に上回るビッグヒットを記録、さらに87年度グラミー賞にて6部門にノミネートされ、うち主要4部門のひとつである最優秀レコード賞をシングル Higher Love で受賞したほか、男性ポップヴォーカル・ベストパフォーマンス賞と、エンジニアリングに与えられる賞の3部門を見事勝ち取った。この成功により再びミュージックシーンで注目され新たなファン層を獲得したが、一方で職人気質のスティーヴらしからぬ派手なアレンジやスタイルは、トラフィック時代からの往年のファンには敬遠されるという事態も招いた。しかし生存競争の激しい音楽業界において、デビュー20年目にしてトップシーンに返り咲くことは容易ではない。それは好奇心旺盛なこのミュージシャンの実力を証明するもので、これまでに吸収してきた様々な音楽的経験が長い年月を経て萌芽したに違いない。また私生活においては、アルバム制作でニューヨーク滞在中に、テネシー出身のユージニア・クラフトンと出会い恋に落ちている。まさに公私共に上昇気流に乗っていた時期だった。
【参考】引き籠りだったスティーヴ・ウィンウッドにニューヨーク録音を決意させた陰の立役者ロン・ワイスナーの功績について、Shige氏のブログをご参照ください。大変興味深い内容となっております。
収録曲について
Higher Love は初の全米ナンバーワン・ヒットを記録し、グラミー受賞の対象になったスティーヴの代名詞的な曲。ナイル・ロジャーズがギターで参加、シャカ・カーンがバックヴォーカルを歌い、スティーヴはキーボードとギターをプレイしている。Take It As It Comes はアメリカ風の華やかなホーンセクションを導入したソウル風ナンバー。スティーヴはキーボードとオルガンをプレイ、エンディングで巧みなギターソロも披露する。Freedom Overspill はジョージ・フレミングと、アメイジング・リズム・エイシズのジェイムズ・フッカーが曲作りに参加している。歌詞が珍しくシニカルで、離婚訴訟中にあった前妻ニコルを思わせる節もある。ジョー・ウォルシュがスライドギター、スティーヴ・フェローニがドラムズで参加、スティーヴはハモンドオルガンを弾いている。Back In The High Life Again はマンドリンとピアノを取り入れた味わい深い曲。当初はハイライフ&カリプソ風のビートが強調された曲だったが、シンセサイザーで手直しをしマンドリンを加えたら驚くほど良い曲に生まれ変わったという。ジェイムズ・テイラーのハーモニーヴォーカルが素晴らしく、これを直感的に歌ったセンスをスティーヴは高く評価している。
全米第8位のシングルヒットを記録した The Finer Things は、キーボード主体の優美なメロディとシンセソロが印象的な佳曲で、バックヴォーカルにジェイムズ・イングラム、ダン・ハートマンが参加している。なお同曲名は後にリリースされた4枚組ボックスセットのタイトルに採用された。Wake Me Up On Judgement Day は展開が面白い個性的な一曲で、ウィル・ジェニングスの教訓的な歌詞も冴えている。ナイル・ロジャーズがギターで参加、スティーヴは主にシンセサイザーを演奏している。Split Decision はジョー・ウォルシュとの共作曲で、マンハッタンのスティーヴのフラットで一夜にして仕上げたという。「インスピレイションの手助けをしたのは最高に旨いラガーだった!」とスティーヴは回想している。アルバム中で最もアグレッシヴなナンバーで、ウォルシュのパワフルなスライドギターと、スティーヴのハモンドオルガンの絡みはスリリングで即興性に満ちている。ラストの My Love’s Leavin’ は温もりのあるシンセサイザーが、哀愁感溢れるメロディを紡ぎだす美曲。この曲は自宅の火災により1995年に死亡した親友ヴィヴィアン・スタンシャルが作詞を担当、スティーヴとの最後の共作曲となった。
プロモーション用アルバム
1986年に500枚限定プレスされたプロモーション用の貴重なアイテム。アルバム Back In The High Life 収録曲の曲間に、トレヴァー・ダンによるインタヴューを挟む形で構成されている。アルバム制作や各曲についてのエピソード、それにトラフィック時代の話題など興味深い内容となっている。インタヴューは英国グロスターシャにあるスティーヴの自宅で同年5月に行われた。アルバム詳細とインタビューの内容は A Conversation with Steve Winwood に掲載。