アルバム概要
ブラインド・フェイスの活動を終えたスティーヴ・ウィンウッドは、クリス・ブラックウェルの要請により、1969年10月頃から初のソロアルバム制作に着手した。プロデュースはモット・ザ・フープルやフリーなどを手掛けていたガイ・スティーヴンズが担当し、アルバムの仮タイトルは Mad Shadows と名付けられていた。スティーヴは独りで曲作りをしながら、全ての楽器を演奏しオーバーダブにより数曲のレコーディングを試みた。しかしそのような単独作業が続くなかで次第に限界を感じ始めたスティーヴは、トラフィック仲間であるジム・カパルディとクリス・ウッドに協力を依頼、二人の参加でバンドとしての音作りが始まった。その途中でスティーヴとクリスは、ジンジャー・ベイカーが主催するエア・フォースに参加、70年1月にロンドンで2回のステージをこなしている。そして2月にセッションを再開した時点でソロアルバム制作が棚上げされ、スティーヴ、ジム、クリスの3名によるトラフィックとしてのアルバム制作プロジェクトに切り替わった。プロデュースはガイ・スティーヴンズに代わり、スティーヴとクリス・ブラックウェルが共同で担当、同時に Mad Shadows の仮タイトルも返上され、後にモット・ザ・フープルのセカンドアルバムに採用された。
本作はトラフィックにとって音楽的なマイルストーンとなった作品で、いわゆる3分間ロックを基本とした初期のスタイルから脱局し大きな変貌を遂げている。しかし多種多様な音楽要素の融合を試みるという、結成当初からの基本理念は揺らぐことなく、牧歌的でナチュラルな雰囲気と格調高さを保ちながら、フォーク、ジャズ、スワンプのエッセンスを濃厚に振りまいた独特のサウンドを展開している。スティーヴとジムのソングライティングは抜群のコンビネイションを発揮し、クリスの奏でるフルートやサックスも、トラフィックの音世界を形作る重要な役割を果たしている。またベーシストは入れず、スティーヴがオルガンのフットペダルでベースパートを賄う曲もある。最小限の人数で最大の成果を生みだしたアルバムであると同時に、トラフィックの作品群のなかでは最も統一感があり、英国的な香りに満ちた傑作となっている。ジャケットに使われた古風なイラストは英国フォーク&ダンス・ソサエティ所蔵のもので、デザインはフリーなどを手掛けているマイク・シダ。見開きジャケット内面の写真はリチャード・ポラークが撮影している。新生トラフィックは70年5月、スタッフォードシャにおける音楽フェスティヴァルで初ライヴを実施、7月にアルバムをリリースしたその翌月、ブラインド・フェイスで共演したリック・グレッチをベーシストに迎えアメリカツアーに出発した。
収録曲について
Glad はメンバー3人による巧みな演奏で聴かせるインスト・ジャズロック。クリスの即興性に溢れる味わい深いテナーサックスを、スティーヴのオルガンとピアノ、ジムのドラムズとパーカッションがバックアップ、テーマとアドリブを繰り返すジャズライクな展開は実に活気に満ちている。トラフィックはスティーヴのヴォーカルの魅力も大きいが、このようなインストナンバーにおいても十分楽しめるのは、曲作りと演奏に高いクオリティが伴うからだろう。Freedom Rider からは全曲ヴォーカル入りとなる。クリスのサックスとフルートを全体にフィーチュアし、牧歌的アンビエンスにR&Bをミックスしたような独創性を発揮した作品である。1曲目とほとんど同じ楽器編成で、ライヴでもアタッカで演奏されるトラフィックを代表する名曲。Empty Pages は重量感のあるベースとオルガンがリードするロッカバラードで、スティーヴはこれらに加えエレクトリックピアノも演奏、吹奏楽器は入れずクリスもオルガンを弾いている。ジムが少し手助けをしたが、歌詞を含めてスティーヴがほぼ単独で書いた曲だという。以上の3曲と後述のタイトル曲のプロデュースはスティーヴとクリス・ブラックウェルの共同で、ロンドンのアイランド・スタジオにて、ブライアン・ハンフリーズのエンジニアリングで録音された。
Stranger To Himself はトラフィックには珍しい土臭いスワンプ風のロックで、スティーヴのワイルドなギタープレイを堪能できる。またドラムズを含む全ての楽器をスティーヴが独りでプレイし録音した初めての曲で、バックヴォーカルのみジムがサポートしている。Every Mother’s Son は落ち着いたムードを持ったミディアムテンポの雄大な曲で、後半のスケールの大きいオルガン・プレイは聴きごたえある。この曲もジムによるドラムズ以外の楽器を全てスティーヴが演奏している。以上の2曲はガイ・スティーヴンズのプロデュースによるソロ・セッション時の作品で、レコーディングはモーガン・スタジオかオリンピック・スタジオで行われ、エンジニアリングはアンドリュ・ジョンズが担当。ただしアイランド・スタジオで追加録音が行われた可能性もある。
タイトルにもなった John Barleycorn は、英国のトラディッショナル・ソングをアレンジしたフォーク・ロックで、クリスがメンバーに紹介した。この伝承歌には100以上ものヴァージョンが存在するといわれており、最も古いものだと17世紀のジェイムズ一世の時代にまでさかのぼるという。トラフィックは英国のフォークグループ、ザ・ウォータースンズが歌ったヴァージョンをベースにアレンジしている。ジョン・バーリーコーンとは酒の原料となる大麦の粒を擬人化した言葉で、これを大地に蒔き、刈り取り、そして酒となるまでの物語がここで歌われている。歌詞には前述の通りいくつもの解釈があるが、豊作の祈願のための生け贄にまつわる風習、あるいはキリストの復活にまつわる古代伝承と関連があるという。ドラムレスでスティーヴのアコースティックギターとピアノ、クリスのフルートをバックに、スティーヴとジムのデュオで歌われるこの曲は、アルバム全体の白眉であると同時にトラフィックを代表するナンバーでもある。
【参考】アルバムにはモーガン・スタジオのクレジットはないが、初期のレコーディングが行われていたようだ。レコーディング場所については、本作のデラックス盤 John Barleycorn [Deluxe Edition] のライナーで触れられている。
【参考】ザ・ウォータースンズは、60年代に結成された英国のフォークソングを歌うファミリーグループ。オリジナルメンバーは姉ノーマ、弟マイク、妹イレイヌ・ウォータースンと従兄弟のジョン・ハリスンの4人で、イーストヨークシャの小村の出身。デビュー盤 Frost And Fire が、1965年のベスト・フォークアルバムに選出された。
ボーナストラック
1999年に登場した英国盤リマスターCDには、未発表のスタジオ音源とライヴ音源の合わせて5曲がボーナストラックとして追加されている。スタジオ音源のうち、Sittin’ Here Thinkin’ Of My Love は、ガイ・スティーヴンズのプロデュースの元、ソロアルバム用にセッションしていた時期のデモ録音で、スティーヴ・ウィンウッドのヴォーカルが入ったシンプルなバラード。ジムのドラムズ以外はスティーヴが全ての楽器をプレイしている。I Just Want You To Know はトラフィックとしてセッションをしていた時期のアウトテイクで、スティーヴのヴォーカルとバンド演奏が入っている。ライヴ音源のほうは、未発表のライヴ盤 Live Traffic に収録予定だったものから、バックステージの会話やナレイションを含め3曲を収録している。メンバーはスティーヴ・ウィンウッド、ジム・カパルディ、クリス・ウッドに加えて、リック・グレッチがベースで参加した貴重なステージの記録となっている。2001年には米国盤リマスターCDも発売されたが、ボーナストラックはスタジオ録音の2曲のみを収録。2003年リリースの国内盤紙ジャケCDは、英国盤リマスター音源を採用している。さらに2011年には2枚組のデラックス盤 John Barleycorn [Deluxe Edition] が登場した。