アルバム概要
前作のリリースから約1年が過ぎた1972年の暮れ、ツアー中に倒れたスティーヴ・ウィンウッドの復活を待ってトラフィックは活動を再開した。米国アラバマ州シェフィールドにあるマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオにて、トラフィックは通算7枚目となる新作アルバムのレコーディングを実施。ジャケットの録音場所クレジットには、ジャマイカのキングストンにあるストロベリー・ヒル・スタジオと記されているが、これは諸事情による偽表記であることがほぼ確実となっている。その裏付けとしてエンジニアリングを、マッスル・ショールズのジェリー・マスターズとスティーヴ・メルトンが担当していること、ジャケット裏面の写真が同地で写したもので、マッスル・ショールズを本拠地とする写真家トミー・ライトが撮影していることが挙げられる。ダークブルーを基調としたトニー・ライトのデザインによる六角カットの変形ジャケットから、一見すると前作と姉妹作のような印象を受けるが、サウンドはかなり異なった方向性にある。その最も大きい変化の要因は、アメリカのサザンソウル・ミュージックを代表するマッスル・ショールズのセッション・ミュージシャンを、リズムセクションに起用したことだろう。すなわちベーシストのデヴィッド・フッドと、ドラマーのロジャー・ホーキンズが、スティーヴ・ウィンウッド、ジム・カパルディ、クリス・ウッド、リーバップ・クワク・バーに加え、トラフィックの正規メンバーとして参加している。同じくマッスル・ショールズのジミー・ジョンソンとバリー・ベケットも、何らかの形でアルバム制作に携わっているようで、スペシャルサンクスに名前が記されている。プロデュースはスティーヴとジムの共同で行われた。
全5曲のうちクリスの単独作であるインストナンバー Tragic Magic を除く4曲は、ウィンウッド=カパルディ作品で、リードヴォーカルは全てスティーヴが歌っている。前作と同じく長尺ナンバーが多いにも関わらず、マッスル・ショールズ・リズムセクションの揺るぎのないバックアップに支えられて、各曲は歯切れ良くまとまっている印象がある。また前作ではトラフィックらしい翳りのある英国的アンビエンスが全体を支配していたが、本作ではブリティッシュロックの佇まいをしっかりと残しつつも、米国のサザンソウル風ムードがこれに加わっており、粘りのあるギターをフィーチュアした重厚なサウンドを展開している。アルバムは73年2月にリリースされ、前作と同様に特にアメリカで好調なセールスを記録した。73年1月からスタートしたワールドツアーは、キーボードのバリー・ベケットもメンバーに加えた総勢7名で敢行された。マッスル・ショールズのセッションマンが、特定のバンドの一員としてツアーに出ることは非常に稀で、ロジャー・ホーキンズは「トラフィックとの共演で即興演奏を学び直した」と語っている。またデヴィッド・フッドは、ベーシストとしてのスティーヴの才能を高く評価する発言をしている。
【参考】本作の録音場所がクレジットと異なっている件に関しては、スティーヴ・ウィンウッド・ファンのShige氏から情報をいただきました。デヴィッド・フッドの発言などを含め、詳細に関しては Shige氏のブログをご参照ください。
収録曲について
冒頭の力強いタイトルナンバー Shoot Out At The Fantasy Factory は、これまでのトラフィックの印象とはかけ離れたサウンド。重心の低いマッスル・ショールズ・リズムセクションと、リーバップの強靱なパーカッションによる鋭角的なリズムをバックに、南部アメリカ風のパワルフなロックが展開される。病み上がりにしてはスティーヴのヴォーカルは力強く、粘りの利いたギタープレイも雄々しい。Roll Right Stones はピアノベースのメロディが美しい雄大なロッカバラードで、トラフィック全曲中で最もランニングタイムが長い14分に迫る大作。スティーヴの哀調を帯びたソウルフルなヴォーカルとピアノ、クリスの味わい深いフルートやジャジーなサックスに加え、随所にパーカッション、ワウペダルギター、オルガンを効果的に加えている。歌詞にあるロールライト・ストーンとは、オックスフォードシャにある青銅器時代のストーンサークルのことを指しているらしく、アルバムの中でひときわ英国的な香りを感じさせる曲。
Evening Blue はアコースティック・サウンドが魅力の繊細なバラード。スティーヴのメランコリックなヴォーカルと、クリスの抒情味溢れるサックスが夜の情景を彷彿とさせる。ドイツのTV番組 Musikladen に出演した際の映像が残されており、ビートクラブシリーズなどで見ることができる。Tragic Magic はトラフィックで唯一クリスが単独で書き上げた作品で、ドラッグ体験から誕生したと元妻のジャネット・ジェイコブズが述べている。全編にエレクトリックサックスをフィーチュアしたインストナンバーで、ブルージーかつエスニックなムードで即興風に展開する。クリスのトラフィック作品としてはもう一曲 Moonchild Vulcan があり、74年3月にパリ・ライヴで演奏された貴重な音源が、クリスの遺作 Vulcan に収録されている。(Sometimes I Feel So) Uninspired は、表情豊かでソウルフルなヴォーカルと深味のあるピアノ、後半では粘りの効いたスローなギターを披露するなど、全編でスティーヴのセンスが冴え渡っている。しかしこの曲はスティーヴが病で不調だった時期に書かれたもので、当時の不安な気分が曲に反映されているという。落胆から歓喜へと励ましを感じるジムの歌詞も良く、メンバー全員の総力を結集したような演奏も手伝って、アルバム中の白眉といえる秀逸なナンバーに仕上がっている。
参加メンバー
ロジャー・ホーキンズ、デヴィッド・フッド、バリー・ベケットは、米国アラバマ州にあるレコーディング・スタジオのセッション・ミュージシャン。同州フローレンスのマッスル・ショールズに、リック・ホールらが設立したFAMEスタジオのリズムセクションとして雇われ、60年代にウィルソン・ピケット、パーシー・スレッジ、エッタ・ジェイムズらのレコーディングに携わった。1969年にギタリストのジミー・ジョンスンを含む4名がFAMEスタジオを離れて独立、隣接する町シェフィールドにマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオを設立した。セッション・ミュージシャンが録音スタジオを運営するというスタイルは珍しい試みだったが、設立当初から南部アメリカンサウンドのスポットとして注目され、69~70年代にかけて、ザ・ローリング・ストーンズ、ボズ・スキャグス、ポール・サイモン、ボブ・シーガー、ボブ・ディラン等、数多くのロックミュージシャンが同スタジオを利用した。彼らにはザ・スワンパーズというニックネームがある。リック・ホールとマッスル・ショールズを紹介した、2014年公開の映画「黄金のメロディ・マッスルショールズ」には、スティーヴ・ウィンウッドも登場する。
トラフィックに参加することになった経緯は、71年12月にジム・カパルディが初ソロアルバムのリズムセクションに、マッスル・ショールズのメンバーを起用したのがきっかけだった。互いに意気投合したようで、同時期にトラフィックのリズムセクションが空席だったこともあり、ジムがトラフィックに参加するよう誘ったという。
Thanks to Mr.Shige for the knowledge of the recording studio.