アルバム概要
実に20年ぶりとなる1994年5月にリリースされたトラフィックの再結成アルバム。オリジナルのトラフィックは67年4月に誕生したが、74年のアルバムとステージ・パフォーマンスを最後に活動を停止していた。キーパースンのひとりである吹奏楽器奏者のクリス・ウッドが83年に他界しているため、再結成メンバーは、スティーヴ・ウィンウッドとジム・カパルディの二人のみ、史上最小ユニットの新生トラフィックとなった。ソングライティングは全曲この二人のペンによる共作で、10曲中インストルメンタルを除く9曲でスティーヴがリードヴォーカルを歌っている。基本的な演奏パートはドラムズとパーカションをジムが担当する以外、スティーヴが相変わらずマルチプレイヤーぶりを発揮している。全体のサウンドは当時のスティーヴのソロの雰囲気に近いが、トラフィック独特の多様なジャンルをミックスした音楽性も随所に感じられ、かつてのトラフィック・ナンバーのようにランニングタイムも長めである。トラフィックの音作りには不可欠なクリスの不在は致命的だが、あえて別の吹奏楽器奏者を常駐させず、スティーヴのシンセサイザーによるサックスとフルートがこれを補い、トラフィック風のサウンドを見事に再現している。「録音している間中、クリスの魂が近くにいたような気がした」とスティーヴは述べているが、その音色はまさにクリスが奏でているように聴こえる。プロデュースはスティーヴでアシスタントにジム、レコーディングはスティーヴとミック・ドーランのエンジニアリングにより、アイルランドのキルクールで行われた。また本作はスティーヴが契約中のヴァージン・レコードからリリースされたが、トラフィックという名前を使うに際して、所有権を持つアイランド・レコードと法律的な交渉が必要だったという。
スティーヴとジムの間ではトラフィック復活の話題は以前からあったというが、なかなか実現されなかった。しかし今回スティーヴのソロアルバム制作のために、二人でアイルランドで生活を共にし曲作りをするうちに、自然とトラフィック再結成へと繋がったようだ。かつてバークシャのコテージで共同生活を営み、アルバム制作に励んだ方法と似ており、これが功を奏したのか、ジムによる詞はとても味わい深くスティーヴのメロディと抜群の相性をみせている。また曲自体のクオリティも演奏技術も非常に高いレベルにあり、両者の長いキャリアを反映した充実感のある仕上がりになっている。過去の名バンドのリユニオンが派手に騒がれる傾向にあるなか、トラフィックはひっそりとこれを果した。しかしこのバンドは昔から反商業主義を望んでいたことを思うと、ある意味理想的な再結成だったのかもしれない。二人は揃ってバンド活動が有意義であったと感想を述べており、一度きりのユニットではないと断言しているので、いつか再びトラフィックのアルバムが生まれることに期待したい。ジムのアート・ディレクションにてデザインされたジャケットからも分かるように、本作はトラフィックを愛しその音楽を創造した二人の盟友、クリス・ウッドに捧げられた。
収録曲について
若々しい活力に満ちた Riding High から、新生トラフィックに大きな期待を抱かせるパワーがある。オルガンをバックに歌うスティーヴのヴォーカルは力強くソウルフルで、ジムのドラムズとパーカッションも相変わらずリズミカル。ティンバレズはスティーヴが追加している。Here Comes A Man ではR&Bベースの黒っぽいサウンドが展開される。スティーヴはギターとキーボードに加えシンセサイザーでフルートの音色を再現、まるでクリスが吹いているかのようだ。このアルバムからの第一弾シングルにはこの曲が選ばれた。8分を超す大作 Far From Home は、タイトルトラックに選ばれただけあって曲も詩も素晴らしい。シンプルなリズムをベースに徐々に情熱を帯びていく、トラフィックらしい独特のノリを見事に復活させており、熟練したミュージシャンによる安定した職人芸を見せつけられるようだ。それにジムの書く詩には、ウィル・ジェニングスのようなプロの作詞家にはない、独特のカラーというか妙味がある。長年に渡りタッグを組んできたスティーヴの音楽との相性も抜群で、トラフィックの曲に欠かせない要素となっている。
Nowhere Is Their Freedom も従来のトラフィックを彷彿とさせる曲で、バックヴォーカルはジムが歌っている。注目は随所に入るフルートで、公式サイトなどによるとクリスの過去のテープ音源からサンプリングしたものだという。歌詞に Tragic と Magic という言葉をさりげなく折り込み、オリジナルメンバー3人による20年ぶりの共演を実現させた。またこの曲でリズムギターを弾くミック・ドーランは、スティーヴのソロアルバムに参加していた経緯もあり、本作ではエンジニアリングと、全曲でデジタル・サンプラーのプログラミングを担当している。Holy Ground は本作におけるハイライトのひとつで、アイリッシュ系ミュージシャンのデイヴィ・スピラーンが曲作りから協力。スティーヴも同時期の彼のアルバム A Place Amang The Stone に参加している。スピラーンが奏でる民族楽器イーリアンパイプの古めかしく伝統的な音色が、この曲のスタイルを決めている。トラフィックのバラードの中でも、とりわけ美しいメロディを持った傑作といえるだろう。現代の物質社会に対し疑問を投げかける歌詞も、この曲の優雅で壮大な作風に相応しい。
セカンドシングルの Some Kinda Woman は、スティーヴのソロにも通じるようなR&B風のナンバー。スティーヴのシンセサックスによるソロや、ジムとのヴォーカルのコラボレイションも聴きどころ。続く Every Night, Every Day でもジムがバックヴォーカルを歌っており、日々の仕事疲れと妻への不満を歌った詞が曲調にも反映されていて面白い。さらにグルーヴ感溢れるオルガンプレイが心地よい This Train Won’t Stop までの3曲は、新生トラフィックのパワフルな面を代表しており、むしろ過去のトラフィックより若々しい音楽が奏でられている。一転してミディアムテンポの State Of Grace は、当初はジムのソロ用に用意された曲だったというが、トラフィックらしさを感じさせる力作。シリアスなムードのオープニングから、優雅なアコースティックギター・ソロをフィーチュアした中盤を経て、曲調を変えながらパーカッションを強調しリズミカルにエンディングを迎える。スティーヴはコンガも演奏。そしてトラフィックのファーストと同様、エスニック風のインストナンバー Mozambique で、アルバムはフィナーレとなる。