アルバム概要
スペンサー・デイヴィス・グループは英国のバーミンガムで結成されたバンド。サウスウェールズ出身のスペンサー・デイヴィスは、60年代初頭からバーミンガム大学で学業に励むかたわら、地元パブのゴールデン・イーグルでフォークやブルーズを歌っていた。同じ頃バーミンガム出身のマフ・ウィンウッドは、マフ・ウッディ・ジャズ・バンドを率いて活動しており、このバンドで弟のスティーヴがピアノを弾き、曲によってはヴォーカルも披露していた。スペンサーは少年スティーヴのプレイに惚れ込み共にバンドを組むことを提案、1963年初頭からセミプロ・バンドとして活動を開始した。スティーヴはリードヴォールに加え、リードギター、キーボード、ハーモニカを弾きこなし、弱冠15歳の最年少ながらバンドの要的な存在となった。スペンサーはリズムギターと曲によってはリードヴォーカルも担当、マフは自らのバンドではリズムギターだったがベーシストに転向した。ドラムズはヨークシャ出身のピート・ヨークで、エンジニアの仕事の傍らジャズバンドでプレイしておりスペンサーと面識があった。結成当初は単にリズム・アンド・ブルーズ・カルテット、あるいはスペンサー・デイヴィス・リズム・アンド・ブルーズ・カルテットなどと名乗っていたが、64年4月にクリス・ブラックウェルのマネージメントを得てアイランド・レコードと契約し、バンド名をスペンサー・デイヴィス・グループと改めた。バンド名を考案し最年長のスペンサーをリーダーに仕立てたのはマフのアイデアだったという。グループは5月にジョン・リー・フッカーの Dimples でシングル・デビューを果たした。
結成当初のスペンサー・デイヴィス・グループは、地元バーミンガムを中心に精力的にギグをこなし基礎固めを行い、ヒットこそしなかったが4枚のシングルをリリースした。そしてデビューから約1年後の65年7月にファーストアルバム Their First LP を発表、UKチャートの第6位に送り込んだ。ここに収録された12曲のほとんどはステージにおけるレパートリーで、大半がR&Bやブルーズのカヴァーで占められており、6曲はリリース済みのシングル両面曲で構成されている。メンバーのペンによる作品は3曲のみで、オリジナリティに欠ける点は否めないが、最初期の黒っぽいスタイルが明瞭に示されていると共に、ティーンエイジとは思えないスティーヴの力強いヴォーカルは、決して色褪せることのない魅力を放っている。スペンサー・デイヴィス・グループは、67年初頭にウィンウッド兄弟が脱退するまでの約3年の間に、英国で3枚のアルバムと9枚のシングルをリリースしている。これらはフィリップス・レコード傘下のフォンタナ・レーベルから配給されたが、原盤はアイランド・レコードが制作していた。
収録曲について
My Babe はザ・ライチャス・ブラザーズの曲。スペンサーとマフによるコーラスに、サビのパートでスティーヴが絡むというスタイルで、そのヴォーカルの威力は凄まじい。ギターソロとピアノもスティーヴがプレイしている。Dimples はステージにおける十八番だけに息のあった演奏を披露している。リードヴォーカル、リードギター、ハーモニカはスティーヴ。本家ジョン・リー・フッカーの再録ヴァージョンが同時期にヒットしたこともあり、このデビューシングルは不発に終わった。Searchin’ はザ・コースターズのヒット曲で、スティーヴの軽やかなピアノとポップセンス溢れるヴォーカルが魅力。 Every Little Bit Hurts はブレンダ・ハロウェイのモータウンヒットで、グループの定番曲になったゴスペル風のバラード。マフによると鍵盤楽器も巧みにこなすスティーヴの存在をアピールするため、ギターリフの曲より難しい作品をあえてサードシングルに選んだという。ケニー・サーモンがオルガンを追加。I’m Blue はアイク・ターナーの曲でミリー・スモールとのデュエット。My Boy Lollipop のヒットで知られるミリーは、クリス・ブラックウェルがジャマイカでスカウトした少女シンガーで、彼女の特徴あるヴォーカルに耳を奪われる。ピーター・アッシャーがピアノで参加している。Sittin’ And Thinkin’ はスペンサー作でリードヴォーカルとハーモニカも担当、デビューシングルのB面に収録されたグループの初レコーディング曲。
I Can’t Stand It はアイランド・レコードが英国での配給権を持っていた、米R&B系レーベル・スーに所属する女性デュオ、ソウル・シスターズの持ち歌。スティーヴのパワフルなヴォーカルとギターが炸裂するキャッチーな曲で、クリス・ブラックウェルの勧めで録音し、セカンドシングルとしてリリースされた。Here Right Now はスティーヴのオリジナル曲でミディアムテンポのブルーズ。遠方でのライヴを終えて疲れ切ったところに即興でレコーディングしたという。ピアノはスティーヴで、オルガンはケニー・サーモンが弾く。Jump Back はメンフィス系ブルーズマンのルーファス・トーマスの曲を独自にアレンジしたもの。スティーヴのリードヴォーカルに、スペンサーとマフがコーラスでサポートしている。It’s Gonna Work Out Fine はアイク&ティナ・ターナーのヒット曲。スティーヴのハイトーンヴォーカルが冴えるリズミカルなナンバーで、ステージでの定番曲だった。Midnight Train はセカンドシングルのB面曲。同名異曲が多いがベルファスト・ジプシーズやブリンズリー・シュウォーツが、スペンサー・デイヴィス・グループと同じヴァージョンで録音している。スティーヴはピアノに加えギターソロをオーバーダブしている。ラストの It Hurts Me So は、サードシングルB面に収録されていたピアノベースの可愛らしいバラード。スティーヴによると12歳の時に書いた初めてのオリジナル曲だという。
Thanks to Mr.Ruben for the knowledge of “Midnight Train”.
ボーナストラック
スペンサー・デイヴィス・グループの3枚のオリジナルアルバムは、2006年に日本にて紙ジャケ仕様のリマスターCDで復刻リリースされた。サブタイトルで「コンプリート・コレクション」と銘打つ通り、オリジナルアルバムには未収録の豊富なボーナストラックを追加しており、3枚でスペンサー・デイヴィス・グループの公式録音曲の全てをカヴァーすると共に、米国マーケット向けにアレンジされた貴重なヴァージョン違いもほぼ網羅している。なお輸入盤のオリジナルアルバムは、現在までのところ正規にはCD化されていない。
スペンサー・デイヴィスがリードヴォーカルを歌う She Put The Hurt On Me は、作曲者のローレンス・ネルソンがプリンス・ラ・ラ名義で録音したものがオリジナル。I’m Getting Better はカントリー系シンガー・ソングライターのエド・ブルースの作品で、優美なメロディが魅力のバラード。I’ll Drown In My Own Tears はレイ・チャールズのレパートリーとして有名なソウルバラード。スティーヴの味わい深いヴォーカルとピアノを堪能できる名演。Goodbye Stevie はメンバー共作による完成度の高いオリジナルで、スティーヴの軽やかなピアノとパワフルなヴォーカルが印象的。以上の4曲はEP盤 She Put The Hurt On Me に収録されていた。
My Babe、Searchin’、Midnight Train は、アメリカでのリリースに際してオルガンをオーバーダブしたUSヴァージョンを収録。同じく Every Little Bit Hurts もストリングスを追加したUSヴァージョンだが、こちらのほうが編集盤に多く採用されているので、シンプルなオリジナル・ヴァージョンのほうが逆に聴く機会が少ない。これら4曲は米国ユナイテッド・アーティスツが発表したアルバム I’m A Man に収録されていた。ラストのジ・アングロズ名義の Incense については、この曲をCDで初収録したオランダ編集盤 The Singles のほうに詳しい。