アルバム概要
トラフィックを1974年に解散させてからの数年間、スティーヴ・ウィンウッドは自らの進むべき方向を定め切れなかったのか、多様なジャンルのミュージシャンとのセッション活動に終始していた。なかでもツトム・ヤマシタが主催するGOプロジェクトへの参加は、最も大きな成果をもたらした。GOでの活動は75年後半から翌年中半にかけての短期間ではあったが、スティーヴはメイン・ヴォーカリストとして活躍しており、ソロアルバムを制作する自信をにわかにつかみ始めたようだ。そしてGOのライヴ・パフォーマンスを終えた76年の後半、アイランド・レコードとのリリース契約もあり、スティーヴはようやくソロアルバム制作に踏み切った。エンジニア担当のフィル・ブラウンの著書によると、アルバム制作に着手したのは10月で、全曲のミックスを終えたのが翌年の4月となっている。当初メンバーに、レゲエミュージシャンのジュニア・マーヴィン、リズムセクションにココモのアラン・スペナーとジョン・サスウェルを迎え、オクスフォードのチッピング・ノートン・スタジオにて、アルバム1枚分に足るレコーディングを完了した。しかしクリス・ブラックウェルがその出来栄えに満足せず、リズムセクションをウィリー・ウィークスとアンディ・ニューマークに替え、ロンドンのベイジング・ストリート・スタジオにて再レコーディングが行われたという。
本作がリリースされた1977年はちょうどパンク台頭期にあったが、スティーヴの作品は時流に反して完全にオーソドックスなスタイルを貫いていた。そのため話題性やシングルヒットなどとは無縁で、商業的には成功作とは言えない内容であった。しかしこれまでの長いキャリアと持ち前の才能は駄作を生み出すことを許さず、音楽的なバランス感覚と作曲センス、それに演奏テクニックは超一流といえる。スティーヴは「レコード会社からの要請に応じて制作した部分が大きかった」と述べていることから、必ずしも実力の全てを出し切った成果とはいえないかも知れない。にもかかわらずクオリティは非常に高く、トラフィックの雰囲気も随所に感じさせる渋い魅力を放つ傑作となっている。本作をソロアルバムのベストに挙げるファンが多いことにも頷ける内容で、決して風化することのない永遠の名盤といえる。
収録曲について
ベイジング・ストリート・スタジオで収録した Hold On、Time Is Running Out、Luck’s In、Let Me Make Something In Your Life の4曲は、リズムセクションにウィリー・ウィークスとアンディ・ニューマークを起用している。スティーヴはこの名コンビとジョージ・ハリスンのアルバム George Harrison 参加時にも共演しており、またウィリー・ウィークスは、2011年のエリック・クラプトンとの来日ジョイントツアーにも同行していた。アルバム幕開けの Hold On は、マイナー調の渋めの曲で重心の低いグルーヴ感が心地よい。GOで共演したブラザー・ジェイムズがパーカッションで参加している。Time Is Running Out はスティーヴの真骨頂といえるブラックフィーリング溢れる名曲。リーボップがコンガ、ジム・カパルディもパーカッションで加わり、リズミカルでファンキーなサウンドが展開される。ジムはバックヴォーカルにも参加、それにスティーヴの最初の妻ニコル・タコットもコーラスに加わっており、エンディングでの掛け合いもスリリング。Luck’s In にもリーバップがコンガで参加、リズム感溢れる演奏重視の渋い展開はトラフィックに通じるものがある。Let Me Make Something In Your Life は、スティーヴによる各種楽器の巧みな演奏と、実に伸びやかなヴォーカルを堪能できる優雅なバラード。ジムへのトリビュート・ライヴで、スティーヴ・ラングとジョン・ロードらが取り上げたほか、ジュリー・コヴィントンがアルバム Julie Covington でカヴァーしている。以上の4曲はジム・カパルディとの共作曲。
チッピング・ノートン・スタジオで収録した Vacant Chair は、アラン・スペナーとジョン・サスウェルがリズムセクションを固め、ブラザー・ジェイムズがパーカッションで参加、ジュニア・マーヴィンがギターを弾いている。歌詞は親友のヴィヴィアン・スタンシャルが、元ボンゾズのデニス・コワンの死をきっかけに書いたもので、タイトルは葬儀で使われる花で飾られた椅子を指す。ヨルバ語による一節を挟むなど、ポップなサウンドのなかに異国情緒を感じさせる響きもある凝った内容。トラフィック時代から付き合いのあるスタンシャルとはかなり相性が良く、未発表ながら共作曲も相当数あったという。Midland Maniac は珍しく歌詞もスティーヴ自ら手掛けた単独作品で、緩やかな導入部からアップテンポへと展開するドラマチックな曲。ベイジング・ストリート・スタジオなどで収録されたピアノソロ音源をベースに、スティーヴの自宅にてドラムズを含むその他すべての楽器を独りで演奏し、移動式録音システムのアイランド・モバイルを用いて、マルチレコーディングにて完成させた。この制作のスタイルは完全自宅録音を試みたセカンドアルバムへの布石となっている。
【参考】レコーディングの概要に関しては、スティーヴ・ウィンウッド・ファンのShige氏から情報をいただきました。フィル・ブラウンの著書をベースにした、さらなるレコーディングの詳細に関しては、Shige氏のブログをご参照ください。大変興味深い内容となっております。
Thanks to Mr.Shige for the knowledge of Phill Brown’s book “Are We Still Rolling?”.