アルバム概要
内容的には充実していたファーストアルバムではあったが、商業的には成功を収めたとはいえず、ソロミュージシャンとして再スタートを切ったばかりのスティーヴ・ウィンウッドは、音楽業界のなかで非常に厳しい状況にあったようだ。スティーヴは当時を振り返り「あの頃は本当に苦境に立たされていた。だから自分に言い聞かせたんだ。もう一枚だけ渾身の力を込めてアルバムを作り、それで成果を出せなければあきらめよう」と語っている。そんなプレッシャーとの戦いに打ち勝つべく、1979年から制作を開始し80年の12月にリリースされたこのセカンドアルバムは、クオリティが非常に高いだけでなくセールス面においても大きな成功を収めるに至った。本作は全米チャート第3位というビッグヒットを記録し、全世界で700万枚以上という好セールスを上げてプラチナ認定を獲得、さらに While You See A Chance のシングルヒットも放つなど、ソロキャリアを代表する作品のひとつとなった。くすんだグリーン地にダイヴァーのアートワークが特徴的なジャケットは、トラフィックの変形ジャケでお馴染のトニー・ライトがデザイン、内袋やシングル盤などに掲載された写真はフィン・コステロが撮影している。
本作の大きな特徴は、アルバムのほとんど全てをスティーヴが単独で作り上げた点にある。作詞にウィル・ジェニングスらの協力を仰ぎ、レコーディング・アシスタントにトラフィック時代からの旧友ジョン・クラークを招いた以外、プロデュース、作曲、演奏、エンジニアリングなど、アルバム制作に係わるほとんど全ての工程をスティーヴが独りで行っている。さらにレコーディングからミックスまでも、英国グロスターシャの自宅敷地内に設立したニザータークドニック・スタジオにて実施しており、まさに文字通りのソロアルバムとなっている。アルバムの完成までには実に2年もの長い歳月を費やしたという。それは小人数による地道な作業だったということもあるが、それ以上にスティーヴの最後の挑戦であり、納得できるまでやり尽くすという決意が完璧主義的な方向に導いたのだろう。自宅スタジオに引き籠もり単独作業を続けることに対し、レコード会社からは批判的な意見も多々あったという。しかし初心を貫いたスティーヴは本作をヒットさせて、ソロミュージシャンとして本格的なスタートを切ることができた。
収録曲について
トラフィック時代からの作曲仲間ジム・カパルディがブラジルに居を移していたこともあり、スティーヴは新しいパートナーとして、米国人の作詞家ウィル・ジェニングスに白羽の矢を立てた。本作で4曲の歌詞を提供したジェニングスによれば、While You See A Chance は「前作の結果に落ち込んだスティーヴを復活させるためのウェイクアップ・コール」だという。メロディアスで温もりのあるシンセ・サウンドに包まれたこの曲は、全米チャート第7位のヒットを記録し、本当にスティーヴを目覚めさせるカンフル剤となった。タイトル曲 Arc Of A Diver はトラフィック時代から付き合いのある友人、ヴィヴィアン・スタンシャルの作詞による。二人の共作はトラフィックの Dream Gerard、ファーストアルバムの Vacant Chair に続いて3曲目になるが、相変わらず特徴のある不思議な音世界が展開されおり、聴き込むほどに味わいが増す。Second Hand Woman はユニークな曲構成とモーグなどのシンセ・ソロが印象的。作詞したジョージ・フレミングは、テキサス州フォートワース出身のロカビリー系シンガーで、1959年に自身のレーベルからシングルを1枚リリースしている。スティーヴとの接点は不明ながら、後年 Freedom Overspill も共作しており、共に女性に対し卑屈な歌詞が面白い。Slowdown Sundown はマンドリンやピアノなどのアコースティック楽器に、ハモンドオルガンやシンセサイザーを絶妙に絡め合わせた味わい深い作品。1983年の The ARMS Concert でも取り上げていた。
全体的にポップな作風のなかで少々難解に感じる曲が Spanish Dancer だろう。不協和音っぽいメロディと独特の浮遊感がクセになる個性派ソングながら、セカンドシングルとしてカットされた。この曲の初期マスターは1分強の短い断片で、その部分のヴォーカルは少々歪んだまま残されているという。2010年に再録まで行ったことからスティーヴお気に入りの曲と思われる。Night Train はシンプルな曲構成にも関わらず8分近い長さをまったく感じさせない、持ち前のブラックフィーリングに溢れた秀逸な曲。サード・シングルとしてカットされ、12インチ盤にはアルバムとは異なるミックスのヴァージョンを収録、そのB面のインスト・ヴァージョンもアルバムのバックトラックとはミックスが異なっている。終曲の Dust はもうひとつのジョージ・フレミングとの共作曲。温もりのあるシンセサイザーによって奏でられる珠玉のバラードで、美しいメロディーに伸びやかなヴォーカルが心地よくマッチしている。
CD2枚組デラックス盤
2012年にセカンドアルバム Arc Of A Diver がデラックス盤で登場した。デジパック仕様のCD2枚組でブックレットが付属、1枚目にラウドマスタリング社によるリマスターが施されたオリジナル7曲を収録している。07年の国内リマスター盤のほうが低音域が豊かな印象があるが、旧規格CDに比べて音質はかなり向上している。2枚目に収録の Arc Of A Diver 米シングルヴァージョンは、オリジナルよりも約1分ほど短いエディット編。Night Train は12インチシングルに収録されていたインスト・ヴァージョンの初CD化で、オリジナルとはミックスが異なる。Spanish Dancer は10年に新たにレコーディングし直したニューヴァージョンを収録。ウィンクラフト・スタジオで録音され、プロデュースはスティーヴ、ミックスダウンはグラミー受賞歴のある米国人プロデューサーのベン・ウィッシュが担当している。演奏メンバーに関するクレジットはないが、スティーヴ単独による多重録音の可能性もある。ボックスセット Revolutions にも収録されていたこの時点における最新録音曲。
2枚目に収録の Arc Of A Diver: The Steve Winwood Story は、BBCラジオで放送されたプログラムで、スティーヴ本人のインタビューを交えた約60分間の音声によるドキュメンタリー。幼少期、スペンサー・デイヴィス・グループ、トラフィック時代の話を、マフ・ウィンウッド、ジム・カパルディ、ピート・ヨーク、ヴァン・モリソンらが回想し、ソロ時代のエピソードに関しては、ウィル・ジェニングス、ラス・タイトルマン、トム・ロード・アルジ、ナイル・ロジャーズ、クラウス・シュルツェ、ジョゼ・ネト、クリス・ウェルチら多彩なゲストが語っている。