アルバム概要
実に6年ぶりとなる2003年の秋に登場したスティーヴ・ウィンウッド待望のソロアルバムは、期待を遙かに上まわる傑作となった。バンドのコアメンバーは、ギターにブラジル出身のホセ・ピレス・デ・アウメイダ・ネト(ジョゼ・ネト)と、ドラムズにキューバ出身のウォルフレート・レイズ・ジュニアの3名で、スティーヴはヴォーカルとハモンドB3オルガンの演奏に徹している。ジョゼ・ネトとは90年代半ばにジム・カパルディを通じて知り合い前作で共演、ウォルフレート・レイズは再編トラフィック・ツアーと前作に参加していた。アルバム収録の11曲中4曲はこのトリオでプレイしており、これ以外の各曲には吹奏楽器のカール・デンスン、ティンバレズのリチャード・ベイリー、コンガのカール・ヴァンダン・ボッシュが随時加わっている。アルバムの曲作りには2年前から着手していたようだが、ジョゼ・ネトの発表済みの曲に歌詞を加えてリメイクしたナンバーが3曲も収録されていることは、彼からの影響が大きかったことを物語っている。その他の共作者にはアンソニー・クロフォード、ウィリアム・トプリー、そして妻ユージニアの名がクレジットされている。またこのアルバムは、02年に亡くなったスティーヴの父親ローレンス・ウィンウッドに捧げられており、ブックレット最初のページに For Pop と記されている。
本作ではブラジル・ロックの流れを汲んだラテンアメリカン・リズム、それにアフロ=カリビアン・リズムを強調したサウンドが展開されているが、ベースにはルーツであるR&Bとブリティッシュ・ロックがしっかり根付いており、見事なまでの音楽的融合がなされている。またリリース直前のインタヴューにおいて、ジミー・スミスやジャック・マクダフ等のジャズ・オルガニストからの影響について触れていることからも明らかなように、オルガンプレイにはジャズ的なスタイルを取り入れている。そのひとつにベースパートをオルガンのフットベース・ペダルで弾いているが、これはかつてトラフィックのトリオで演奏していた時以来である。レコーディングは最新技術の利用をあえて避け、ほとんどのナンバーをスタジオライヴで一発取りしているため、録音からもバンドの漲るエネルギーが伝わってくる。スティーヴは「ループやオーバーダブを使わないでレコーディングしたのは27年ぶりだ」と語っている。
ヴァージン・レコードとの契約を終わらせたスティーヴは、2002年の秋に自らのレーベル=ウィンクラフト・ミュージックを立ち上げた。ネーミングはウィンウッドとユージニアの旧姓クラフトンを合体させたのもと思われ、本作が新レーベルからの初リリースとなる。レコーディングは英国グロスターシャの自宅近郊に新設したウィンクラフト・ミュージック・スタジオで、スティーヴ自身のプロデュースにて行われた。エンジニアリングはジョージ・シリングとジェイムズ・タウラーが担当。久々にイラストを採用したファンタジックなアルバムのアートワークは、サンタナのジャケットでも知られるマイケル・ライオスを起用している。意外なところでは元ディープ・フィーリングのゴードン・ジャクソンの名が、フォトグラファーにクレジットされている。また本作はリイシューが多くあり、04年にボーナストラック付きのイクスパンド盤が発売され、21年にウィンクラフトからこれと同内容の再発盤(WM0003)がペーパースリーヴ仕様でリリースされた。また05年のデュアルディスク盤 About Time [Dual Disc Edition] にはDVDサイドにライヴ映像を収録している。
収録曲について
ハモンドオルガンによる Different Light の長いイントロを聴いただけで、このアルバムが大傑作であることを予感させてくれる。スティーヴの作曲センスが見事に発揮された、オープニングを飾るにふさわしい出来映えの曲で、カール・デンスンのサックスが彩りを加えている。歌詞も自ら書き下ろした単独作品はファーストアルバム収録の Midland Maniac 以来。Cigano (For The Gypsies) はジョゼ・ネトのアルバム In Memory Of Thunder 収録のインスト曲に、歌詞を加えてリメイクしたもの。タイトルはポルトガル語で「ジプシー」を意味する。ブラジル・ロックの流れを汲んだ独特のリズムと、ジミ・ヘンドリクスにも通じる作風は、これまでのスティーヴの方向性とは異なり新鮮味に溢れている。コンガにカール・ヴァンダン・ボッシュ、ティンバレズにリチャード・ベイリーが参加。Take It To The Final Hour は、80年代から付き合いのあるアンソニー・クロフォードとの共作で、クロフォードとも知り合いだったスティーヴの亡き父親、ローレンスへのオマージュを含んだ曲。トリオのみでプレイしたグルーヴ感溢れるスローなソウルナンバーで、じっくりと聴かせるハモンドオルガンの響きと深みのあるヴォーカルが素晴らしい。ティミ・トーマスの72年作 Why Can’t We Live Together のカヴァーも秀逸。オルガン・ベースを効果的に使える曲として、ウォルフレート・レイズの提案により録音が決まったという。コンガとティンバレズを加え、原曲の良さを生かしさらにパワーアップさせたアレンジで再構築している。ラテンフレイヴァが濃厚な Domingo Morning は、ジョゼ・ネトのアルバム 7th Wave: The Lucky One 収録のインスト曲に歌詞を加えたもの。コアの3名で演奏している。
Now That You’re Alive は妻のユージニアとの共作曲で、ハモンドオルガンをメインにコンガとティンバレズを追加、カール・デンスンのサックスも活躍する。Bully もユージニアが歌詞を書いている。コンガとティンバレズを加えた編成による、ライヴ映えしそうなファンキーなナンバー。Phoenix Rising はスケール感のあるパワフルな曲で、カール・デンスンによるトラフィックっぽいフルートが登場、スティーヴの分厚いオルガンプレイを存分に堪能できる。歌詞は英国のバンド、ザ・ブレッシングのリーダーだったウィリアム・トプリーが書いている。アコースティック・ギターとオルガンによる Horizon は、骨太なアルバムの中では唯一といえる優美な作品で、ユージニアが歌詞を書いている。アンソニー・クロフォードとのもうひとつの共作曲 Walking On は、ラテンフレイヴァーに溢れたノリのよい演奏。コンガ、ティンバレズ、フルートを追加している。大団円は11分半におよぶ長編大作 Silvia (Who Is She?)。この曲もジョゼ・ネトの In Memory Of Thunder 収録曲にシンプルだが効果的な歌詞を加えて再演したもの。プログレ風の展開も見せるインストパートでは、3人の白熱のインタープレイが繰り広げられるドラマティックな作品。04年のイクスパンド盤に収録されたスタジオ録音の Voodoo Chile は、アルバム Electric Ladyland でジミ・ヘンドリクスと共演した曲の驚きの再演。スティーヴのハモンドオルガンとヴォーカル、ジョゼのギターで息の合った見事なプレイを披露しており、ボーナストラックとは思えない必聴の1曲となっている。なお同盤収録のライヴ・トラックについては、デュアルディスク盤 About Time [Dual Disc Edition] に掲載。