幻のライヴ盤の背景
アルバム Live Traffic のリリースのために、フィルモアイースト・ライヴの音源は収録後すぐにミックスダウンされテストプレスが作られ、プロモーション用のポスターや広告、ジャケットが準備されたと言われている。しかしまもなく発売時期が遅れるというニュースが報じられ、マスターテープの紛失や破棄などの噂が流れた。その後スティーヴはメディアに対し、内容に満足できなかったので半分をスタジオで録音した新曲と入れ替える意向がある旨を伝えた。しかしこのアルバムは結局お蔵入りとなり、その背景には以下のような経緯があったと考えられている。
トラフィック作品の米国における配給会社ユナイテッド・アーティスツは、アルバム Winwood を元締めのアイランド・レコードの承諾なしに1971年5月にリリースした。これはスペンサー・デイヴィス・グループ、トラフィック、ブラインド・フェイスなどの音源を寄集めたベスト的な内容だったが、ジャケットはスティーヴの大きな顔写真と Winwood というタイトルだったので、ソロアルバムを期待するファンの誤解を招く可能性があった。某音楽誌は「スティーヴ・ウィンウッドのキャリアの集積として価値がある」と評価したが、アイランド社長のクリス・ブラックウェルは、スペンサー・デイヴィス・グループの疑似ステレオ音源の使用など技術的な問題も含め、悪質な商法にかなり憤慨したようだ。これに対する処置として同アルバムのオンエアを控えるよう米国の主要なラジオ局に電報を打ち、評価記事を載せた音楽誌に対しても異議を唱えた。
一方でユナイテッド・アーティスツとは、あと1枚トラフィックのアルバムを出す契約があり、当初 Live Traffic を予定していたが、ブラックウェルは「アルバム Winwood を市場から回収しない限り、今後トラフィック作品のリリースを許可しない」と言明。法的な手段に訴えて回収を迫った結果、同アルバムはひと月以内に市場から姿を消した。その頃トラフィックは新メンバーによるスタジオ録音の新作、The Low Spark Of High Heeled Boys のセッションを開始していたので、Live Traffic はすでに新編成トラフィックに相応しいものではなかった。そこでアイランド・レコードは、間に合せ的に録音したロンドンにおけるライヴ音源を、ユナイテッド・アーティスツとの最後の契約アルバム Welcome To The Canteen として提供、売れると確信していたスタジオ録音の新作は自社から配給することにした。それにロンドン・ライヴの音源が録音後まもなくFMラジオで放送されたことも、ユナイテッド・アーティスツへの報復処置であったと推測できる。また Welcome To The Canteen のジャケットには、メンバー名が列挙されているだけでトラフィックという記載がないが、これはアルバム Winwood と逆方式ながら所在を不明瞭にして売ろうとする意図が感じられる。
本作フィルモアイースト・ライヴと同じステージの音源は、2011年リリースの John Barleycorn Must Die デラック盤に、全ての曲ではないが収録された。また先述のロンドン・ライヴの音源は、2020年リリースの Live In London で聴くことができる。